
若いころ、私は気の合う仲間たちと、よく山を歩いていた。
10代の後半から20代にかけて、山歩きは私にとって大きな楽しみの一つだった。
山の景色を眺めることも好きだったが、それ以上に楽しかったのは、仲間たちと一緒に過ごす時間だったのかもしれない。
山道を歩きながら交わした何気ない会話。
思いがけない出来事に、みんなで笑ったこと。
そして、何十年たっても忘れられない友人の表情。
そんな思い出の一つが、大台ヶ原の日出ヶ岳にある。
雨の山小屋で迎えた夜
そのとき私たちは、大台ヶ原から日出ヶ岳を経て、大杉谷へと向かう、1泊2日の山歩きを計画していた。
ところが、山に入ったときから雨が降っていた。
夜になると、雨はいっそう激しくなった。
私は子どものころから天気に興味があり、気象情報を聞きながら天気図を描くのが好きだった。
その夜も山小屋で気象情報を聞き、天気図を描いてみた。
東シナ海には低気圧があり、梅雨前線や高気圧との位置関係から、これから天気が大きく変わるのではないかと考えた。
翌日の天気を心配していた登山者に、私は思い切って、明日からは晴れると思うと話した。
もちろん、気象の専門家ではない。
自分で描いた天気図をもとにした予想である。
口では晴れると言ったものの、心の中には少し不安もあった。
もし、明日も雨だったら……。
そんな思いを抱えながら、夜を過ごした。
雨が上がり、青空が広がった
翌朝。
外の様子を確かめると、前夜の雨が嘘のように、空は晴れ渡っていた。
青い空が広がっている。
雨に洗われた山の空気は、すがすがしかった。
ああ、晴れた。
自分の予想が当たったうれしさもあったが、それ以上に、仲間たちと晴天の山を歩けることがうれしかった。
前夜の激しい雨を知っているだけに、目の前の青空がいっそう美しく感じられた。
山の天気は、ときに厳しい。
けれど、その厳しさのあとに出会う景色には、忘れられない美しさがある。
あの朝の青空は、今でも心に残っている。
日出ヶ岳で起きた、思いがけない出来事
晴れ渡った空の下、私たちは山歩きを楽しんでいた。
前夜の雨から一転して、気持ちのよい朝だった。
仲間たちの気分も、自然と明るくなっていたのだと思う。
そんなとき、一人の友人が、思いがけないことになった。
日出ヶ岳からの下り道で、でんぐり返しをするように転んでしまったのである。
もちろん、本人はでんぐり返しをするつもりなどなかったはずだ。
気持ちよく山を歩いていたところでの、突然の出来事だった。
幸い、けがはなかった。
そして、私の記憶に今でも残っているのが、そのあとの友人の表情である。
朝日を浴びながら、なんともいえない苦笑いを浮かべていた。
その顔が、実に印象的だった。
美しい山の景色も、澄み渡った青空も、もちろん忘れられない。
けれど、それと同じくらい、あのときの友人の苦笑いが心に残っている。
何十年もたった今でも、思い出すと、つい笑みがこぼれてしまう。
山の思い出は、景色だけではない

山歩きの思い出というと、美しい山頂からの眺めや、苦労して登った達成感を思い浮かべることが多い。
私にも、そんな思い出はたくさんある。
けれど、不思議なことに、長い年月を経ても鮮やかに残っているのは、仲間たちとの何気ない出来事だったりする。
山道で交わした言葉。
誰かが失敗して、思わず笑ってしまったこと。
疲れたときに励まし合ったこと。
そして、何ともいえない表情を浮かべた友人の顔。
あの日の日出ヶ岳も、もし一人で歩いていたら、まったく違う思い出になっていたのだろう。
美しい青空を眺めて、気持ちのよい山歩きを楽しんだ。
それだけでも、十分にすばらしい一日だったと思う。
しかし、そこに仲間がいたからこそ、思いがけない出来事が生まれ、今でも笑って思い出せる一日になった。
山歩きの楽しさは、景色の美しさだけではない。
誰と一緒に歩いたか、そして、その人たちとどんな時間を過ごしたか。
それもまた、山の思い出を特別なものにしてくれるのだと思う。
あの友人の苦笑いを、今も覚えている
30代になって大阪へ転勤してからは、かつての山仲間たちと一緒に歩く機会がなくなった。
その後は、年賀状をやり取りするくらいのお付き合いになっていった。
あれから長い年月が過ぎた。
あのときの仲間たちは、今、どんな毎日を過ごしているのだろう。
ふと、そんなことを考える。
けれど、思い出の中の仲間たちは、今でもあのころのままだ。
山道を元気に歩き、何気ないことで笑い合っている。
そして、日出ヶ岳の朝日を浴びながら、苦笑いを浮かべている友人がいる。
若いころには、あの何気ない一瞬が、何十年も心に残るとは思ってもいなかった。
思い出とは、本当に不思議なものだ。
忘れていたと思っていた景色や出来事が、何かのきっかけで、突然よみがえってくる。
そのとき、気持ちだけは、あのころに戻っている。
雨の山小屋で天気図を描いた夜。
翌朝、目の前に広がった青空。
そして、朝日に照らされた友人の苦笑い。
どれも、私の青春時代の大切な一場面である。
あの日の日出ヶ岳には、美しい朝日と、忘れられない友人の笑顔があった。
そして、そんな思い出を振り返る今日も、ちょっといい日になりそうだ。
