
若いころ、私は山を歩くことが大好きだった。
10代の後半から20代にかけて、気の合う仲間たちと、いろいろな山を歩いた。
山頂から眺める景色、木々の間を吹き抜ける風、歩き疲れた体に心地よい山の空気。
どれも魅力的だったが、私にはもう一つ、山歩きと同じくらい好きなものがあった。
それは、天気を読むことだった。
小学生のころから気象に興味があり、気象情報を聴きながら、自分で天気図を描いていた。
高気圧や低気圧の位置を確かめ、等圧線を引き、これから天気がどう変わっていくのかを考える。
空の向こうで何が起こっているのか。
天気図を眺めながら想像する時間が、私は好きだった。
そんな私にとって、今でも忘れられない山歩きがある。
友人と出かけた、大台ヶ原から日出ヶ岳を経て、大杉谷へと歩いたみ二泊三日の山旅である。
雨に包まれた大台ヶ原
大台ヶ原に到着したとき、空は雨模様だった。
山々は雲に包まれ、遠くの景色も雨にかすんでいた。
せっかくの山歩きなのに、あいにくの天気である。
それでも、山の雨には独特の雰囲気があった。
雨の中、合羽を着て大台ケ原を少し散策してみた。
雨に濡れた木々は色を深め、山全体が静かに息をしているようにも感じられる。
やがて夕方から夜へと時間が進むにつれ、雨は次第に激しさを増していった。
山小屋に入ってからも、外では雨が降り続いていた。
屋根を打つ雨音が、夜の静けさの中に響いている。
時折、雨脚が強まると、その音も一段と大きくなる。
明日は、日出ヶ岳を経て大杉谷へ向かう予定だった。
この雨が続けば、山歩きは楽なものではない。
いや、断念しなければならないかも。
山の天気は変わりやすい。
だからこそ、明日の空模様が気になった。
山小屋で描いた一枚の天気図
その夜、私は山小屋で天気図を描いていた。
気象情報をもとに、高気圧や低気圧の位置を書き込み、等圧線を引いていく。
一本、また一本。
線が増えていくにつれ、天気の様子が少しずつ見えてくる。
当時は、今のようにスマートフォンで気象情報を簡単に確認できる時代ではなかった。
自分で天気図を描くことは、空の変化を知るための大切な手段だった。
天気図を眺めていると、ある低気圧の動きが気になった。
東シナ海付近で発達する低気圧である。
当時、こうした低気圧は「台湾坊主」と呼ばれることがあった。
急速に発達しながら日本付近を進むことがあり、時には激しい風雨をもたらす。
私は天気図を見ながら、その低気圧が一晩のうちに日本付近を通過していくと考えた。
そうなれば、明日には天気が回復する可能性が高い。
雨音を聞きながら、頭の中では翌日の青空を思い描いていた。
「明日は晴れますか?」
そんなときだった。
天気図を描いている私に、ほかの登山者が声を掛けてきた。
「明日の天気はどうですか?」
山小屋の外では、相変わらず雨が降っている。
明日の登山を心配するのも無理はない。
私は、描いた天気図をもう一度見た。
低気圧の位置と動き。
そして、通過後の天気の変化。
自分なりに考えた結果、明日は晴れるという確信があった。
そこで、こう答えた。
「明日、明後日は晴天の登山日和になりますよ」
今思えば、ずいぶん自信のある答えだった。
相手がその言葉をどのように受け止めたのか、詳しくは覚えていない。
ただ、私は自分の描いた天気図を信じていた。
もちろん、天気図からの予想が必ず当たるとは限らない。
まして山の天気は、平地とは違う難しさがある。
それでも、その夜の私は、翌日の晴天をかなり強く確信していた。
外では、まだ激しい雨が降り続いていた。
雨音の向こうにある青空

夜が更けても、雨の音は耳に残っていた。
山小屋の屋根をたたく雨。
暗闇の中で降り続く雨。
その音を聞きながら、私は天気図に描いた低気圧の動きを思い返していた。
本当に明日は晴れるだろうか。
自分では確信している。
けれど、ほかの登山者にまで「晴天の登山日和」と伝えたのだから、やはり気になる。
天気図の上では、低気圧は一晩で通過するはずだった。
しかし、実際の空がどうなるかは、朝にならなければわからない。
期待と、ほんの少しの不安。
そんな気持ちを抱きながら、山小屋で一夜を過ごした。
翌朝、空は晴れていた
翌朝。
私は、少しドキドキしながら外の様子を確かめた。
そして、目に飛び込んできたのは、前夜とはまるで違う空だった。
晴れている。
昨夜までの激しい雨が嘘のように、青空が広がっていた。
雨に包まれていた山の景色が、明るい朝の光の中に姿を現している。
雨上がりの山には、独特のすがすがしさがある。
木々はしっとりと潤い、空気は澄み渡っている。
深く息を吸い込むと、山の朝が体いっぱいに広がっていくようだった。
予想が当たった。
その喜びは、今でもよく覚えている。
もちろん、何よりうれしかったのは、気持ちのよい天気の中で山を歩けることだった。
けれど、自分で描いた天気図から予想したとおりに空が変わったことには、また別の喜びがあった。
天気図の上で想像していた青空が、今、自分の目の前に広がっている。
それは、気象に興味を持ち続けていた私にとって、忘れられない瞬間だった。
日出ヶ岳から大杉谷へ

その日は、まさに登山日和となった。
私たちは日出ヶ岳を経て、大杉谷へと歩いていった。
雨上がりの山の空気は心地よく、周囲の景色も美しかった。
前夜の雨を知っているだけに、晴れた朝のありがたさをいっそう強く感じた。
足を進めるたびに、山の表情が変わっていく。
木々の緑、差し込む光、遠くに見える山並み。
歩いているだけで、気持ちがよかった。
そして、この日の山歩きには、もう一つ忘れられない出来事があった。
日出ヶ岳の下りで、友人が転んでしまったのだ。
しかも、まるででんぐり返しをするような転び方だった。
幸い、ケガはなかった。
朝日を浴びながら苦笑いしている友人の姿が、今でも印象に残っている。
あれほど天気図を見つめて、翌日の天気を予想していた私だったが、友人のでんぐり返しまでは予想できなかった。
思い出すと、今でも笑ってしまう。
天気図が教えてくれた楽しさ
あれから、長い年月が過ぎた。
天気予報の技術は大きく進歩し、今ではスマートフォンを開けば、詳しい天気予報や雨雲の動きを簡単に確認できる。
とても便利な時代になった。
それでも、私は時々、若いころに描いていた天気図のことを思い出す。
気象情報を聴きながら、低気圧や高気圧を書き込み、等圧線を引く。
そして、その先の天気を自分なりに考える。
予想が外れることもあっただろう。
けれど、空の変化を自分で考えることには、何ともいえない面白さがあった。
大台ヶ原の山小屋で過ごした、あの雨の夜。
そして、翌朝の晴れ渡った空。
あの経験は、気象の面白さを改めて感じさせてくれた出来事だった。
あの朝の空を、今も覚えている
若いころの山歩きを振り返ると、思い出すのは頂上に立った喜びだけではない。
雨の音。
山小屋の空気。
天気図に向かっていた時間。
翌朝、外を見るときのドキドキ。
そして、予想どおりに広がっていた青空。
そんな一つひとつの場面が、今も心に残っている。
何十年も前のことなのに、不思議なものだ。
あのときの天気図は、もう手元にはない。
けれど、あの朝の空は、今でも心の中に広がっている。
雨の夜があったからこそ、翌朝の青空が、あんなにも美しく感じられたのかもしれない。
そして、そんな思い出を振り返る今日も、ちょっといい日になりそうだ。
