
若いころ、私は山歩きが好きだった。
10代の後半から20代にかけて、気の合う仲間たちと、いろいろな山を歩いた。
険しい山道を登ったり、山小屋で天気図を描いたり、仲間たちと笑い合ったり。
今でも思い出すと、懐かしくなる出来事がたくさんある。
そんな私も30代になり、仕事の都合で大阪へ転勤することになった。
それまで一緒に山を歩いていた仲間たちとは離れ、次第に年賀状をやり取りするくらいのお付き合いになっていった。
けれど、山歩きが好きな気持ちは変わらなかった。
大阪で暮らすようになってからは、妻と一緒に六甲山を歩くようになったのである。
そして、その六甲山には、今でも忘れられない光景が待っていた。
登山口に寝そべっていた大きなイノシシ
ある日、妻と六甲山へ出かけたときのことだった。
山道を登り始めようとしたところ、近くのお店の横に、大きなイノシシが寝そべっていた。
「えっ、イノシシ?」
思わず足を止めた。
あまりにも堂々と寝そべっているので、最初はそのお店で飼っているのかと思った。
ところが、よく見ると首輪もなければ、鎖につながれている様子もない。
妻も驚いたようだった。
「えっ、えっ、これってどういうこと? なんで、どうして……」
「って、聞かれても、俺もわからん……」
二人とも、目の前の光景をどう理解したらよいのかわからなかった。
山の中でイノシシに出会うことはあるかもしれない。
しかし、お店の横で、まるでそこが自分の居場所であるかのように寝そべっているとは思いもしなかった。
不思議な気持ちのまま、私たちは山道を登り始めた。
山道のいたるところにイノシシがいた
ところが、驚きはそれだけでは終わらなかった。
山道を登っていくと、あちらこちらでイノシシに出会うのである。
しかも、人間を見ても逃げようとしない。
こちらが歩いていても、まるで気にしていないように平然としていた。
「ここは、いったいどういう山なんだろう?」
最初にお店の横で見かけた大きなイノシシだけが、特別だったわけではないらしい。
後になって、以前、六甲山ではイノシシの調査のために餌付けが行われ、その影響で人に慣れたイノシシが増えたという話を聞いた。
その話がどこまで正確なのか、私にはわからない。
ただ、当時の六甲山で見かけたイノシシたちが、人間をあまり警戒していないように見えたことは確かだった。
山歩きに来たつもりが、思いがけずイノシシたちの暮らす世界に入り込んだような、不思議な気分だった。
「かわいい!」の直後に起きた出来事

そんな六甲山で、今でも忘れられない出来事がある。
妻と山歩きを楽しみ、昼食をとっていたときのことだった。
近くでは、何人かのおばさんたちもお弁当を広げていた。
そこへ、ウリ坊が現れた。
イノシシの子どもである。
小さな体に、瓜のようなしま模様。
その姿は、確かにかわいらしい。
おばさんたちも、思わず声を上げた。
「かわいい!」そんな声が聞こえた、そのときだった。
突然、大きなイノシシが突進してきたのである。
そして、あっという間に、おばさんたちのお弁当を持っていってしまった。
本当に一瞬の出来事だった。
さっきまで、かわいいウリ坊を眺めながら昼食を楽しんでいたのに、突然、大きなイノシシが現れて、お弁当を奪っていったのである。
私たちは、その瞬間を目の当たりにした。
驚く間もないほど、あっという間の出来事だった。
でも、おばさんたちは違った。
「キャー!!」
なんとも若々しい、乙女のような叫び声が響き渡ったのである。
あまりにも突然の出来事だったが、その声だけは、何十年たった今でも耳に残っている。
ウリ坊はかわいらしい。
しかし、その近くには親のイノシシがいることもある。
子どもを守ろうとして、親が攻撃的になる場合もある。
また、人間の食べ物を狙って近づいてくることもある。
人間を見ても逃げないからといって、安全なわけではない。
登山口でのんびり寝そべっていた大きなイノシシと、突然突進してきたイノシシ。
同じ六甲山で見かけた姿なのに、その印象はずいぶん違っていた。
野生動物は、やはり野生動物なのである。
山仲間と歩いた山、妻と歩いた山
若いころは、仲間たちと山を歩いていた。
大台ヶ原では、雨の山小屋で天気図を描き、翌朝の晴天に胸を躍らせた。
仲間たちと川を渡ったときには、何人もびしょ濡れになって、大笑いしたこともあった。
山歩きには、いつも何かしらの出来事があった。
そして、大阪へ転勤してからは、妻と歩く山になった。
六甲山では、思いがけず、たくさんのイノシシに出会った。
お店の横で寝そべっていた大きなイノシシを見て、二人で首をかしげたこと。
山道のいたるところでイノシシを見かけ、不思議に思ったこと。
そして、昼食中に目撃した、あのお弁当事件。
どれも、今では懐かしい思い出になっている。
もちろん、イノシシの突進は危険な出来事だった。
けれど、年月がたった今、あのころの六甲山を思い浮かべると、妻と一緒に驚いたことまで、鮮やかによみがえってくる。
思い出の中の六甲山
人生の中では、暮らす場所も、一緒に過ごす人も、少しずつ変わっていく。
若いころは山仲間と歩いた山。
30代になってからは、妻と歩いた山。
同じ山歩きでも、そのときどきに違った楽しさがあった。
そして、不思議なことに、何十年もたってから思い出すのは、必ずしも美しい景色ばかりではない。
登山口で寝そべっていたイノシシ。
「なんで、どうして……」と驚いていた妻。
「俺もわからん……」と答えるしかなかった自分。
そして、目の前でお弁当が持っていかれた、あの一瞬。
そんな何気ない出来事や思いがけない場面が、いつまでも心に残っている。
もし、あのとき六甲山でイノシシに出会わなかったら、あの日の山歩きは、また違った思い出になっていたのだろう。
けれど、あのイノシシたちがいたからこそ、今でも妻と歩いた六甲山のことを、こんなにはっきりと思い出せるのかもしれない。
山歩きの楽しさは、山頂に着くことや、美しい景色を見ることだけではない。
一緒に歩いた人と、同じ出来事に驚き、笑い、ときには少し怖い思いをする。
そんな時間もまた、かけがえのない思い出になるのだと思う。
あのころの六甲山。
妻と歩いた山道。
そして、どこか堂々としていたイノシシたち。
今となっては、どれも懐かしい。
そして、そんな思い出を振り返る今日も、ちょっといい日になりそうだ。
